都心・安い・自分仕様
コーポラティブハウスの魅力
大規模マンションの社会的費用 (4)景観破壊
(株)アーキネット代表 織山 和久
世界文化遺産に富士山が登録されることが決定した。その4日後、マンション建設によって日暮里富士見坂から富士山は望めなくなった*1。都心には富士見坂20か所余りあるが、どこからも満足に富士山は見ることができない。高層マンションが景観利益を損ねた典型的な例であろう。
海外の都市では、眺望景観を保存するのが当たり前だ。パリでは1977年から「フュゾー規制」を採用し、計48か所の観光名所や歴史的建造物の眺望を保全するために、これらを望む一定の眺望点からの視角に新たな建築物が入ることを禁じている*2。ロンドンでも同様に、セント・ポールや国会議事堂を対象に10の眺望点が定められている。東京でいえば、富士見坂からは富士山が見えるように建築規制を行っている。このように魅力的な都市景観は公共の利益であり、私的な利益より優先されている。
日本でも住民意識では景観利益は尊重されている。「景観を守るために自治会で建築協定を策定して、この協定の運用(違反監視、相談、訴訟等)のために会費を支払うとしたら」という設問に対し、住民たちからは一世帯当たり「年500円ぐらいまでは負担するという回答が得られている*3。もちろん自宅の建替えなども、この建築協定に従うことになる。この負担額が、都市景観を守るための費用の目安になる。
さて、街中にタワーマンションが建つと、周辺の多くの人々の視角に入ってくる。視界は遮られて、空が広く感じられない。景観にそぐわない外観だと、無意識のうちに視線をそらす。悪い景観百景に、元麻布ヒルズが選定されたことも話題になった。このようにしてタワーマンションが建つことで周辺の人々の景観利益が損なわれる。この経済的な損失を試算してみよう。
視界に入っても気にならない見上げの角度は、だいたい5°までである。したがって40階建て、高さ120m、戸数400戸のタワーマンションがぽつんと建つと、半径約1,400m内に暮らす人々の視界に入って目障りになる。対象面積にして約6km2、世帯密度を7,500世帯/km2とすると、45千世帯もの地域住民の視界を妨げることになる。この人々が都市景観を守るために世帯当たり年500円を負担する意向だとすると年2,250万円、金利1%として現在価値に直すと22.5億円、タワーマンションの一戸当たりに換算して約560万円/戸に相当する。
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タワーマンションが建つことで失われる景観利益、つまり社会的費用は、以上の試算によれば一戸当たりにして560万円相当になる。都市景観を損ねたのだから、周辺住民にこれだけの額を補償しても本来はおかしくない。都市景観という公共の利益を尊重する立場からすれば、タワーマンションの事業者・所有者はこれぐらい負担すべきだろう。
*1 |
朝日新聞 2013年6月26日 |
*2 |
平尾和洋、小林正美、川崎 清「パリ都市景観規制に関する研究 : コントロールシステムとその応用(都市計画) 1992 |
*3 |
長谷川貴陽史「景観利益の価値評価と規制の実効性に関する研究」2004 |
筆者プロフィール
株式会社アーキネット代表。土地・住宅制度の政策立案、不動産の開発・企画等を手掛け、創業時からインターネット利用のコーポラティブハウスの企画・運営に取組む。著書に「東京いい街、いい家に住もう」(NTT出版)、「建設・不動産ビジネスのマーケティング戦略」(ダイヤモンド社)他。